名演奏の実況解説で学ぶ、初心者のためのジャズの聴き方 (1)
ちまたで広がる“女子JAZZ人気” 専門書の登場でブームが加速 - 東京ウォーカー
ちまたでジワジワとジャズ人気が広がる中、最近では女子の間でもジャズCDが売れ始めている。(中略)ピアノがガンガン鳴る「アゲ系ジャズ」や「クラブ・ジャズ」など、“盛り上がれるジャズ”が増えて敷居が下がり、一般に広まり始めているという。また、「ディズニー・ジャズ」「ジブリ・ジャズ」といった、ライトなイメージの“カバーもの”が出回っていることで、若者ファンも増えているのだ。今年1月には、本のジャンルとしては初めての“女性向けのジャズ本” 『Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド』(ジャズ・ライター島田奈央子著)が登場。(中略)それを受け、大手CD販売店「タワーレコード」では、同書とコラボレーションして全国のショップ内で“女子JAZZコーナー”を展開。(後略)
最近ジャズに興味を持つ人が増えてきているらしいですね。クラブ・ジャズや、アニメ曲のカバーものなど、ポップでライトなジャズが女性を中心に受けているようです。まあどのような形であれ、ジャズ好きが増えるのはうれしいことです。しかし、本格的なジャズについては、記事にあるように「難解な音楽」「歴史的背景を知らない」などの理由で敬遠している人も多いようです。また、「名盤と言われるアルバムを何枚か聴いてみたが、いまいちピンとこなかった」「ジャズオタにおすすめを聞いたらウンチクを延々と語られて嫌になった」「お洒落っぽいからBGMにしてるけど、真面目に聴くのは退屈」「いつ歌が始まるのかと思って聴いていたら間奏しかなかった。だまされた」「ロックに比べてショボい、エネルギーが足りない」「ジャズっておっさんが指パッチンしながら聴くような古臭い音楽だろwだせぇw」…といった声も耳にします。そこで今回は、そんな皆さんのために、ジャズ演奏の良さを理解して楽しむための聴き方について、名盤の名演奏を取り上げて実況解説していきたいと思います。ここではできるだけ説明を簡単にするために、ジャズの歴史やジャンル、ミュージシャン、音楽理論などについては極力言及を避けています。もし興味があればウィキペディアなどで調べてみてください。リクエストがあればそのうち詳しく取り上げるかもしれません。
ジャズの基本形
ジャズの演奏形式には、ピアノやギターなどのソロから、2人(デュオ)、3人(トリオ)、4人(カルテット)、5人(クインテット)などのコンボ、そして大人数のビッグバンドまで、様々なものがあります。今回は、ジャズの王道であるハードバップの基本形として、テナーの巨人ソニー・ロリンズ絶頂期の傑作Newk's Timeから、"Blues for Philly Joe"の演奏を取り上げて説明していきます。ではとりあえず下の演奏を聴いてみてください。
YouTube - Sonny Rollins - Blues for Philly Joe - 1957 | Newk's Time Sonny Rollins Sonny Rollins: tenor sax Wynton Kelly: piano Doug Watkins: bass Philly Joe Jones: drums |
各楽器の役割
どうでしたか?楽器が4種類あるのは分かりましたね?まずはそれぞれの楽器が持つ基本的な役割を理解しましょう。
- ドラム: 右手のトップシンバル(チーンチキって鳴ってるやつ)と、左足のハイハット(2、4拍目)で、曲の基本リズムを作り出しながら、左手のスネアと右足のバスドラを変則的に入れて、演奏にメリハリをつけたり場面転換を示したりします。
- ベース: 1小節に4拍(4ビート)の動き回るベースライン(ウォーキングベース)を刻むことで、ドラムと共にリズムの根幹を支え、またその音によって曲の和音(コード)進行も提示することで、アンサンブルの土台を作っています。
- ピアノ: ベースと同じく曲のコード進行を提示し、ソリストをサポートします。また、ソロ楽器としても活躍します。
- サックス: バンドの主役として、テーマやソロを奏でます。
ここに入っていない楽器についても少し紹介しておきましょう。
- ギター: 和音楽器としてピアノに近い役割を持ちます。
- オルガン: ピアノのパートだけでなく、左手または足でベースのパートも同時に担うことができます。
- トランペットなどの管楽器: サックスと同じくソロの主役になる楽器です。ビッグバンドでは、ホーンセクションとして和音楽器にもなります。
楽曲・演奏の構成
次に、楽曲・演奏の構成について理解しましょう。この曲は12小節からなるブルースで、ジャズで非常によく演奏される形式の曲です。これから演奏の構成と内容について実況解説していきます。各パートごとに解説を読んでからもう一度聴き直してみてください。
テーマ(0:01〜0:30)
曲のメロディーを演奏する部分です。ロックやポップスなどでは、ここが曲の大部分を占めます。しかしジャズの場合、メインはアドリブのパートです。そのため曲は専ら素材としてのコード進行の内容が重視されます。メロディーは基本的に最初と最後に演奏されるだけです。曲によってはテーマの前にイントロが付くこともありますが、この曲ではドラムの合図ですぐにテーマが始まります。普通の曲では、基本的にテーマを1コーラス演奏した後にアドリブのパートに入ります。しかしこの曲のようなブルースや1コーラスが短い曲の場合は、2コーラス演奏されることが多いです。0:16からは2コーラス目が始まります。よく聴くと、1コーラス目とは若干フレーズが異なっているのが分かると思います。ジャズではこのようにメロディーを譜面通りではなく即興で崩しながら演奏することがよくあります。これを(メロディー)フェイクといいます。
アドリブ(0:30〜6:08)
テーマが終わるとアドリブのパートに入ります。ここではテーマの伴奏部分だけが何度も繰り返されます(ベースラインを注意深く聴けば、12小節単位でコード進行がループしているのが分かると思います)。そして、その上でソリストが1人ずつ即興で演奏を行います(ソロを取る楽器の順番は特に決まっているわけではなく、曲や演奏によって様々です。今回は全員がソロを取っていますが、ベーシストやドラマーはソロを取らない場合もあります)。即興演奏と言っても何をしてもいいわけではなく、基本的にコード進行に合った音を使うというルールに基づいて、その枠内で自由に演奏をしています。音を言葉に例えるとすれば、ジャズのアドリブは替え歌を作るのに似ています。元の歌の形式に沿った上で、歌詞の内容を自由に変えていって、いかに独創的で面白いことを言えるかが腕の見せ所です。
テナーサックスソロ(0:30〜2:51): 一番手はテナー・タイタン、ソニー・ロリンズのテナーサックスです。序盤では、テーマの一部をフェイクさせながら、徐々にアドリブのフレーズを組み立てていくという方法を取っています。このテーマのフレーズのように、いくつかの短いフレーズがアドリブ中に繰り返し出てくるのが分かりますか?さっきの言葉のアナロジーで説明するなら、テーマのフレーズは元ネタ、頻繁に出てくるフレーズやその断片(リック)は、その人がよく使う言い回しや単語のようなものです。ジャズをたくさん聴くようになると、みんなが使う慣用句や、特定の派閥でよく使われるジャーゴン、時代を象徴する流行語、それぞれの奏者が持つ口癖などがだんだん分かってきて面白くなります。ロリンズは元ネタを随所にちりばめつつ、しつこい持続音(1:22〜1:31)→間を生かしたフレーズ(1:32〜1:44)、他曲テーマ(Billie's Bounce)の一部引用(1:48〜1:49)、怒涛の高速フレーズ(1:56〜2:01、2:32〜2:36)など、変化に富んだ見事なアドリブを展開していき、テーマっぽいフレーズ(2:44〜)でソロを締めくくります。
ピアノソロ(2:52〜4:07): ここでちょっとドラムの音に注目してください。音量が小さくなりましたね。このように、楽器の種類や盛り上がり具合に合わせて演奏の火力を臨機応変に調節するのも、ドラマーの重要な仕事です。さて、ロリンズからバトンを受け取ったのは、ピアノの名手ウィントン・ケリーです。ロリンズが最後に吹いたフレーズを受けて、似たリズムでフレーズを作り始めました。ヒップホップのラップバトルみたいですね。ケリーは、絶妙に跳ねた独特の節回しでソロを弾いていきます。時折現れるブルージーな音使い(3:37〜3:39、3:52〜3:56など)がいい味を出しています。途中からドラムがアクセントを入れ(3:37〜)ソロをリズミカルに引き立てます。複音フレーズで綺麗に締めくくった後、ベースソロへ。
ベースソロ(4:08〜4:07): (ドラムの音がさらに小さくなりましたね)ベーシストは重厚な音色と粘っこいノリが魅力的なダグ・ワトキンス。細かいテクニックやトリッキーなフレーズなどには一切頼らずに、ストレートな極太ベースラインを默々と刻み続ける様はまさに漢の中の漢。いぶし銀のかっこよさです。4:41から奇数小節の2拍目を強調し始めると、ドラムとピアノもそこに合わせてきて、ソロの終盤を盛り上げていきます。ドラムが再開の狼煙を上げ、4バース・チェンジへ。
4バース・チェンジ(5:08〜6:08): ここでは、テナーサックスとドラムの2人が4小節(4バース)ずつ交互にソロを掛け合います。この曲は12小節なので、4小節で区切ると、1コーラス目と2コーラス目では2人の演奏する箇所が反転することになりますね。さあここからはドラマー、フィリー・ジョー・ジョーンズの見せ場です。そう、この曲はロリンズが彼に捧げた曲なんです。まずは、ベースソロを真似しながらリラックスした感じで始めるロリンズ(5:08〜5:13)。対するフィリー・ジョーは、細かいフレーズを畳み掛けます(5:13〜5:18)。それを受けて、ロリンズも一気にテンションを上げます(5:18〜5:23)。フィリー・ジョー、今度は口ずさみたくなるようなスウィンギーなリズムを叩きます(5:23〜5:28)。こんな感じで4コーラスの間、2人とも毎回全く異なったパターンをこれでもかと言わんばかりに繰り出してきます。フィリー・ジョーの4バースで締め、テーマに戻ります。
テーマ(6:08〜6:41)
最後は最初と同じくテーマを2コーラス演奏します。ロリンズが吹くメロディーは、最初のやつと似ているようでかなり違っていて、元のメロディーはどんなものだったのか、っていうかそもそもテーマなんか元から無くて、全部ただのアドリブなんじゃないかという気がしてきましたが、最早どうでもいいです。2周目の最後でエンディングっぽいフレーズ(6:36〜)を持ってきて、あっさりと終了。はい、素晴らしい演奏でしたね。
ハード・バップの名盤紹介
今回取り上げたような音楽をもっと聴いてみたい人のために、定番のアルバムをいくつか紹介しておきます。とりあえずロリンズが気に入った人には、上のアルバムと、代表作として有名なSaxophone Colossusがおすすめです。
The Incredible Jazz Guitar
YouTube - Wes Montgomery - Airegin | The Incredible Jazz Guitar Wes Montgomery Wes Montgomery: guitar Tommy Flanagan: piano Percy Heath: bass Albert Heath: drums |
Cookin'
YouTube - Miles Davis - My Funny Valentine | Cookin' Miles Davis Quintet Miles Davis: trumpet John Coltrane: tenor sax * Red Garland: piano Paul Chambers: bass Philly Joe Jones: drums |
Blue Train
YouTube - John Coltrane - Moment's Notice | Blue Train John Coltrane John Coltrane: tenor sax Curtis Fuller: trombone Lee Morgan: trumpet Kenny Drew: piano Paul Chambers: bass Philly Joe Jones: drums |
次回予告
今回は、ジャズ演奏の基本形式や演奏の流れについて説明しました。また、ジャズの聴き所はアドリブにあること、アドリブはコード進行に合わせてテーマを崩したり、短いフレーズを組み合わせたりして作られることが分かりました。しかしこれらが説明しているのは、アドリブのごく一部でしかありません。アドリブの良さを理解するために知っておいた方がいいことは、まだまだたくさんあります。そこで次回は、アドリブの聴き方について、今回と同様に具体的な演奏例を挙げながら、より詳しく説明したいと思います。
おすすめの書籍
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ジャズの名盤入門 (講談社現代新書)
ジャズの歴史物語 油井正一
東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編
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