生物資源としてのミンククジラ

以前、生物資源としてのミンククジラの可能性と問題点などについて調べて書いたもの。データは少し古いかも知れない。

ミンククジラとは

ミンククジラはヒゲクジラ亜目、ナガスクジラ科、ナガスクジラ属に分類される小型のクジラである。生息域は南北両半球の熱帯から海氷縁まで広範にわたり、複数の系統群に分かれて分布している。大きさは、南氷洋に生息するもので体長8〜10メートル、体重8〜10トン、北半球のもので体長6〜8メートル、体重6〜8トンほどである。南氷洋のものはオキアミを主食とするが、北半球のものはイワシやサンマなどを食べている。近年、日本の調査により、南氷洋と北半球のミンククジラは分類学的に別種であることが明らかになり、日本の科学者は、南氷洋のミンククジラを北半球のものと区別するために、「クロミンククジラ(英名: Antarctic Minke Whale、学名: Balaenoptera bonaerensis)」と名付けた。しかし、その名はまだ浸透しておらず、一般的には、どちらもミンククジラと呼ばれている(本記事では、以下クロミンククジラを南氷洋のミンククジラと表記することにする)。また、南氷洋には、クロミンククジラより小型の、ドワーフミンククジラ(英名: Dwarf Minke Whale)と呼ばれるものもいる。このクジラは、遺伝的に北半球のミンククジラに近く、その分類学的な位置付けは現在検討中となっている。
ミンククジラの名は、日本で明治末から大正初めに働いていたノルウェー人の捕鯨船砲手、マインケ(Minke)に由来する。マインケが、シロナガスクジラと間違えてこの小さなクジラを捕獲し、仲間から馬鹿にされたことから、このクジラが「マインケのクジラ」と呼ばれるようになった。日本ではコイワシクジラの名で知られていたが、イワシクジラの子どもとの混同を避けるため、今ではミンククジラと呼ぶのが一般的となっている。

ミンククジラの資源量

ミンククジラは、その名前の由来からも分かるように、近代捕鯨が開始された時代には、捕獲の対象として見られる事はほとんどなかった。西洋諸国は鯨油(主に皮から取れる油で、灯油、食用油などに利用される)を取ることを目的としていたため、体が小さく皮も薄いミンククジラは、資源として注目されず、効率的に鯨油が取れるシロナガスクジラなど大型のクジラばかりが捕鯨の対象となった。その結果、ミンククジラは大量捕獲による大型鯨類の激減で余剰となった餌を食べ激増し、近年は南氷洋だけで約76万頭と、20世紀初頭の約8万頭から10倍近くになっていることが、日本鯨類研究所の行った調査から報告されている。南氷洋シロナガスクジラは20世紀初頭の20万頭から乱獲により激減し、1964年から捕獲禁止になっているが、40年が経過した今でも1000〜2000頭と初期資源の1%を割ったまま、大幅な資源回復には至らずにいる。これは、シロナガスクジラの成熟が8〜12年、雌の妊娠率が40%、繁殖周期が2〜3年であるのに対し、ミンククジラの成熟が5〜8年、雌の妊娠率が90%以上、繁殖周期が1年と、ミンククジラの繁殖スピードが大幅に速いため、シロナガスクジラの減少による餌の増加分をミンククジラが先に奪ってしまい、シロナガスクジラが増加するのに必要な量の餌を確保できないためだという説が有力とされている。そのため、シロナガスクジラの資源量を回復させるためには、初期資源量の10倍近くまで増加したミンククジラの資源量を減少させる必要があると考えられている。現在、日本は調査のため、ミンククジラを毎年南氷洋で約850頭、北西太平洋で約220頭の捕獲枠内で捕獲しているが、ミンククジラの資源量の減少はみられていない。
生物資源学では、最大持続生産量(Maximum Sustainable Yield, MSY)という考え方がある。加入率と自然死亡率の差を純加入率(資源の回復力)といい、資源量がある水準に達すると純加入率が0となり満限状態となる。資源量はある程度までなら低下しても種内競合の減少により純加入率が上昇し、満限状態へ戻ろうとするので、その範囲内で持続生産量が最大になるように資源を利用すれば、資源を持続的に最大限利用することが可能であると考えられている。南氷洋ミンククジラの1年の純加入率は最大4%程度であることから、MSYを計算すると、76万×0.04=約3万頭となる。ミンククジラ1頭からは約4トンの肉が生産されるので、3万頭で約12万トンの肉が得られる計算になる。これは、日本の年間牛肉生産量35万トン(部分肉ベース)の約3分の1に相当する量である。また、太平洋沿岸のミンククジラは約2万5000頭いると見られ、カタクチイワシ、サンマを、それぞれ40〜50万トン、30万トンほど消費していると試算されている。これは同地域での漁獲量(それぞれ30万トン、26万トン)よりも多い。このミンククジラを持続可能な範囲で利用することで、彼らの捕食量を人間の漁獲量に回すことも可能となり、水産資源をより有効に利用できるようになる可能性がある。
ただ、こうして求められる持続可能な捕獲の限度数は、系統群ごとに考えなければならない。系統群とは、ほぼ、その中で代々交配を繰り返すと考えられる同一地域に生息する同種個体の集まりのことであり、生態学でいう個体群にあたる。複数の系統群を一括りにして、持続可能な捕獲の限度数を算出してしまうと、その中の一つの系統群から偏って捕獲した場合、その系統群における持続可能な捕獲の限度数を超え、個体数の慢性的な減少をもたらす可能性がある。そのため、正確な系統群の解明が必須となる。

鯨類資源管理の歴史的経緯

調査の結果、南氷洋などには生物資源として利用可能なミンククジラが大量に存在することが明らかになっているが、現在、調査捕鯨による数百頭以外にそれらを利用することは禁じられている。
国際的に捕鯨を管理する機関として、国際捕鯨委員会(International Whaling Commission, IWC)がある。IWCは1946年、ワシントンにおいて締結された国際捕鯨取締条約のもと成立した。国際捕鯨取締条約は、クジラを有益な生物資源と認め、科学的根拠に基づく国際的な規制のうちに捕鯨を行い、捕鯨産業の健全な発展を意図した条約である。しかしIWCの初期の資源管理は、鯨油の過剰生産による価格暴落防止のためのカルテル的なもので、鯨種別の捕獲制限を設けず、鯨油量だけで捕鯨を制限したため、効率的に鯨油を取れる大型鯨類の過剰捕獲を招き、シロナガスクジラをはじめとする大型クジラ資源の枯渇を招いた。
資源の枯渇による生産量の低下と、灯油用に石油、食用に植物油が安価に出回るようになったことから、鯨油目的の商業捕鯨を行っていた欧米諸国は60年代以降、次々に撤退していった。そのうち、それらの国々は多くが反捕鯨国へと転向した。反捕鯨を旗印にすることは、環境への関心が高まりつつあった中で、これまで疎かにしてきた環境保護、野生動物保護への取り組みを世論に印象付ける効果があったと見られている。特にアメリカは、ベトナム戦争への非難の矛先をそらす目的もあり、大々的に反捕鯨プロパガンダを行ったと言われる。これら反捕鯨国の政治的な狙いで1982年に採択されたのが、商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)である。このモラトリアムは科学的調査の結果を無視し、資源として利用可能なクジラを捕獲することも禁止するものであり、国際捕鯨取締条約の理念に反するものであった。日本はこれに反対し、1992年、前述したMSY理論を活用し、より資源の安定維持に配慮した改定管理方式(Revised Management Procedure, RMP)を完成させた。にもかかわらず、現在もRMPは反捕鯨国により検討中の状態が引き延ばされるという形となっており、未だ商業捕鯨は再開されずにいる。このように、IWCが本来の目的を見失い、反捕鯨運動の場になってしまっていることが、ミンククジラを資源として利用することへの大きな障害となっている。

食料としての鯨肉

欧米の多くの国々が、専ら油の利用を目的にクジラを捕獲してきたのに対し、日本は古来、クジラを全身余すことなく利用してきた。特に、仏教による食肉禁止の影響もあって、魚とみなされていたクジラの肉は、魚とともに貴重な蛋白源の一つとして親しまれ、豊かな鯨食文化が生まれた。また、戦後の食糧難の頃にも国民の食生活を助ける重要な食材となった。
栄養面からミンククジラの肉を見ると、哺乳類でありながら、魚のように不飽和脂肪酸が10.23%、DHAが2.8%と多く含まれ、また蛋白質も24.3%と豊富であり、良質な肉であることが分かる(日本食品標準成分表・日本食脂溶性成分表、1995)。また、アレルギーの出にくいクジラの肉は、牛、豚、鳥の肉でアレルギーが出る子供にとって、それらに替わる肉としての需要がある。
捕鯨国の筆頭であるアメリカやオーストラリアは、広大な土地を持ち、畜産資源が豊富にある。これに対し、日本は国土が狭く、海洋国であるため、海から食料を得ることは地理的条件から当然だといえる。よって、海洋資源の効率的な利用による自給率の向上は、日本にとって重要な課題である。食糧安全保障の面からも、捕鯨による食肉資源の利用を放棄することは好ましくないと考えられる。

資源として利用する上での問題点

クジラを資源として利用する上で、いくつかの問題点も考えられる。
まず、環境汚染による鯨肉の汚染の可能性がある。生態系の頂点に立つクジラは、生物濃縮によって汚染物質が比較的高濃度に蓄積されやすい。特に、生態系の上位に位置する魚類を捕食するものや、汚染物質の多い北半球の沿岸を活動拠点とするものは危険性が高い。南氷洋のミンククジラはほとんど汚染のない海で、ほぼオキアミだけを食べるので、皮脂中PCB濃度は平均0.058ppm、筋肉中水銀濃度は平均0.027ppm(「鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査」 厚生労働省、平成15年)と、どちらも魚類における規制値(同0.5ppm、0.4ppm)を下回っており、汚染度は低いといえる。だが、北半球のミンククジラは上述の理由により、南氷洋のものに比べ汚染度が高い(同1.8ppm、0.2ppm)ことが分かっている。これらの濃度は増加傾向にあり、規制値を大幅に超える高濃度のPCBや水銀などが検出される個体も増えてきている。また、日本ではクジラが砂浜に打ち上げられることが時々あり、そのようなクジラを食用に切り取って持ち帰る人がいるようだが、クジラの座礁は、汚染による衰弱などが原因である可能性も考えられるので、安易に食用とするのは危険であると思われる。これらのことから、消費者の安心・安全を守るため、市場に流通させる鯨肉には、徹底した品質検査を行うべきである。
次に、鯨肉のトレーサビリティーが不十分であることが挙げられる。ミンククジラと表記され売られていた肉に、近海で取れたイルカや、シロナガスクジラなど捕獲が禁止された鯨類の肉が混ざっていたことが、DNA検査の結果判明したという報告(「日本国内における鯨製品の流通の実態について−捕獲統計と市場調査から−」 水産庁、平成14年)がある。このような問題は食の安全・安心のみならず、捕鯨活動の正当性までも揺るがしかねない。再発防止のため、鯨肉の抜き打ち検査や、密漁、密輸の取締検査を強化し、また、鯨肉がどこから来た何の肉なのかを正確に知ることのできるシステムを作る必要がある。
他には、倫理的な問題もある。主に欧米諸国から発せられる、賢いクジラを殺すのは野蛮な行為なので禁止すべきだという意見は、特定の価値観を押し付ける文化帝国主義的な側面があり、捕鯨文化を持つ国にとっては納得しかねるものである。しかし、少なくとも、知能の発達したクジラは、痛み、苦しみなどの人間と共通する感覚をある程度備えていると考えられ、捕殺方法によっては、クジラが即死せず苦しみ続けることや、捕殺までに多大な恐怖を与えることも考えられる。こうした苦痛を不必要に与えることは、倫理上好ましくないものであり、また、肉質の低下にも繋がる。そのため現在、日本のミンククジラ捕鯨では、爆発銛の使用が義務付けられている。爆発銛はミンククジラを高確率で即死させることが可能である。「動物の取り扱いに関するデンマーク倫理協議会」の会長は、クジラに加えられる苦痛を、家畜が生涯味わう苦痛と比較した結果、檻に閉じ込められたニワトリや豚よりは銛で仕留められるクジラの方がよいと結論づけている。それでも、より信頼度の高い爆発銛の開発や捕鯨者の技術の向上を通じて改善する余地は未だ残されている。

結論

科学的調査から、南氷洋のミンククジラはクジラの中でも、安定した利用が見込め、安全性も高い、有用な生物資源であると考えられる。一方、海洋汚染の進んだ北半球のミンククジラの安全性には問題があり、その利用については慎重に行う必要がある。途上国の人口増加に伴い、水産資源の消費が今後さらに増大していくであろう将来、ミンククジラ資源を科学的根拠に基づく国際的な規制によって管理し、持続的に利用していくことは、重要な課題であるといえる。現在、鯨類の生態系は、これまでに行われてきた乱獲の影響で、既に大きく変化してしまっている。減りすぎたものもいれば、増えたものもいる。特に、繁殖力に優れたミンククジラの増加は生態系に大きな影響を及ぼしている可能性がある。この状態で全てのクジラに手をつけず放って置くことが、生態系の保全のため最善の方法であるとは考えられない。生態系保全の視点からも、ミンククジラの過剰保護を見直し、適切に利用していくことが求められる。